花園の御田舞

高野山開創とともに開かれた花園村は山内へ花を奉献したことからこの名があり、高野山との文化的なつながりから、伝統的な民俗芸能が長く伝えられてきた。
御田舞もそうした文化遺産の一つであり、平安中期から行われてきた田遊びの一種。
田の水迎えから収穫まで一年の農作業を狂言仕立てで舞い演じ、田の神に奉納して1年の豊作を祈願する。
役柄やせりふが定められており、演じ手である住民はそれに基づいて舞を行う。
こうした御田の芸能は、日本人と稲作との長く深いかかわりを表すものとして貴重であり、花園の御田舞はその典型とされる。