水海の田楽・能舞

鎌倉時代の建長2年(1250)、当地に赴き大雪で長逗留となった執権・北条時頼をもてなそうと村人たちが田楽を舞い、時頼はそれにこたえて能舞を教えた。
これが始まりとなって田楽と能舞が結ばれ、生まれたのが水海の田楽・能舞である。
毎年、鵜甘神社の拝殿で『烏とび』『祝詞』などの田楽と『式三番』『高砂』『羅生門』などの能を、五穀豊穣・国家安穏などを祈って奉納する。
白山信仰に基づくとされ、役割の決定法や舞人の物忌生活、水海川での禊などに古来の形式を伝えている。
この地域は若狭猿楽が栄えた能楽の里であり、能面も数多く残る。